虫と共に去りぬ

虫や金魚を中心に、生きものたちと歩む日々

会えない人

夢で見た人の名前やニックネームなんかを良く覚えていることがある


今日も夢で明治か大正時代の男性に会った

ひょろりと背の高い痩せた丸眼鏡の人で

器用というより不器用そう

慎重そうに見えておっちょこちょい

寡黙に思われるけど実は話し好きな

皮の鞄とジャケットを片腕にかけた

スーツのベストを着た人


名前をツクモさんと言った


本人が名乗ったわけではないけど

周りの人からそう聞いた

私の知り合いらしいが

いかんせん夢に来たばかりなので

どういう関係なのかは分からない

この日は親戚一同が集まっているようで

会場になっているモダンな洋館の一階は

蜜蜂の巣みたいに始終がやがやしていた

所々で給仕が銀色の盆を器用に持ち上げながら

軽食を補いにやってくる

立食スタイルだった


私はどこかのテーブルから鶏肉を炊いたやつを

二、三掴んで 中腰で人の尻と尻の間をすり抜けた

ツクモさんが広間の奥の窓際で談笑するのを見かけたので

恐らくまだそこに居るだろう

人との会話を自分からは終えられない性格だから


いた!と思って

その腰のあたりに後ろから抱きついた

足元に置いていた彼の鞄を

勢い余って蹴ってしまったのが申し訳なかったけど

驚いて顔を向けたツクモさんが

なんだお前か!と少し恥ずかしそうに笑って

私の頭をはしはしと撫で回したので

それ以降はもうそのことを気にしなかった

灰杢のベストとズボンには皺がなく

微かにトニックのような整髪料の匂いがした


ツクモさんは会話相手の男に私を紹介している


「私の、イトコです」


なーんだ、そうだったんだと思った

私が10歳くらいの女子になっていたのは

そういうことだったんだ

ツクモさんの背中は温かいし

そっと背中を支えてくれた掌は大きかったけど

これが恋人のものだったら尚良かったのになと

もう会えない人の後ろで声の一つも出せなかったことが

今も少し悔しい